元剛腕投手の監督が目指す
自由と緻密さを融合させたチーム
長い歴史を持つ八王子実践。
2019年より監督に就任した元156キロ右腕の指揮官が、「日本×アメリカ」の新たなチーム作りを押し進める。(取材・三和直樹)
2020年12号掲載
■与らえた環境下で目指す野球
深まる秋のグラウンドに、部員たちの溌剌とした声が響く。広くはない。内野のダイヤモンドが辛うじて収まるほどの大きさを、他クラブと時間帯を分けて共用する。
さらにコロナ対策で下校時間が早くなったことで練習時間は実質1時間半。決して恵まれた環境とは言えないが、「それを言い訳にしてはいけない」と河本ロバート監督は前を向く。
以前は3学年で100人を超える時代もあったが、現在は2年生16人、1年生14人の計30人。「いかに時間を有効に使うか。人数が減ってきたメリットもある。頭を使って、ひとつひとつ工夫しながらやっている」。
2019年に監督に就任した34歳の指揮官は、常に選手たちとコミュニケーションを取りながら、彼らの動きに目を光らせている。
「ロバートさんは、自主性を求める監督。やらされている練習はない。自分たちが考えて、自分たちがやりたいことをしている」と主将の高野哲平(2年)は言う。練習メニューは主将と副主将が相談して決定。選手たちは『監督』という呼称は使わず、ファーストネームで呼ぶ。「選手たちが自分自身で考えて練習する。それが理想です。もちろん高校生なので精神的に未熟な部分はありますけど、よく話をして、ちゃんと1人の大人として扱ってやれば、できることは多くなる」。
自由と自立。それが“新生”八王子実践の目指す野球だ。
■元156キロ右腕の指揮官
河本ロバート。この名前を知る者は、少なからずいる。
大学卒業後に渡米し、ドジャースとマイナー契約して4年間プレー。帰国後は独立リーグで活躍し、2014年には28歳で最速156キロをマークしてNPB球団からも注目された剛球右腕だった。29歳で引退したが、「日本にいてはできなかった経験ができた。すごく充実した時間を過ごすことができた」と振り返る。
現役引退の理由はイップスだった。ただ、投げられなくなって辞めたのではなく、克服して己に打ち勝つことができたからユニフォームを脱いだ。「アメリカにいた時にイップスになって、そこからは自分自身との戦い。克服するまでは野球を辞められないと思って野球を続けていた。イップスも克服できて、その上でNPBのドラフトで指名されなかったので、気持ち的にはスパッと辞めることができた」。
そこから指導者の道を歩み始めた。 コーチを3年間務めた後、監督としては今年で2年目になるが、「日々勉強です」と模索の毎日。以前、イチロー選手のインタビューで見た「何を言うかではなく、誰が言うか」という話が響いているという。言葉は、たとえそれが拙いものであっても、誰が言ったかで受け取られ方が変わる。
「選手たちが『誰が』の所に私を当てはめて『監督が言ったから』と、信頼して思ってもらえるような存在でありたい」と選手たちを見守る。
■自由の中の凡事徹底
現在、チームは来春に向けて鍛錬中だ。
エース・清水崇景(2年)を故障で欠いた秋は、ブロック決勝で啓明学園に3対5で敗れて本大会出場ならず。「メンタル的な部分で負けてしまった」と高野主将は反省する。大会終了後の練習では、基礎を再徹底。
「当たり前のことを当たり前にできるようになること。凡事徹底です」と河本ロバート監督。自由と自立の精神の上に、日本野球の緻密さとチームワークを築くつもりだ。
「日本とアメリカのいい部分を掛け合わせられたらと思う。そして、やるからには甲子園を目指さないといけない。いろんな経験をして、大きく成長してもらいたい」。指揮官の思いは、選手たちに間違いなく伝わっている。
己を信じ、己を律し、自立したチームになることができれば、必ず成果は出る。日米を融合させた新たなチーム作りで、上位進出を目指す。