プロ通算1597安打の打撃アーティスト
佐伯貴弘(横浜‒中日)
「『自分の形』を作ることが大切だ」
DeNA横浜ベイスターズ、中日ドラゴンズでプロ通算1597安打を放った打撃アーティスト・佐伯貴弘氏。勝負強い打撃をみせたレジェンドに高校時代の思い出を聞いた。
伊良部さんと過ごした高校生活
−大阪出身で尽誠学園(香川)に入学した理由は?
「親元を離れて野球に取り組みたかったので、なんでもやってもらえる甘えた環境から脱して、生活から見直したかったのです。多くの名門校から声をかけていただいた中で尽誠学園を選ばせてもらいました」
―四国へ渡ることになりました。
「慣れ親しんだ関西圏から離れることになりましたし、知っている先輩もいなかったので、本当に一人だけの環境となりました。関西の強豪校からも声をかけてもらったのですが、お断りして新しい環境へ向かいました」
―高校時代、思い出すことは?
「寮生活が一番の思い出です。一つ上の先輩に伊良部秀輝さん(元ロッテ、NYヤンキース)がいたのですが、伊良部さんが卒業するまでの2年間ずっと同じ部屋でした。伊良部さんがいたから、今があると言っても過言ではありません」
―伊良部さんから学んだことは?
「伊良部さんは野球に対して純粋な方で、野球のすべてを教えてもらいました。当時から『将来はメジャーに行きたい』とおっしゃっていて、私自身も野球観が大きく変わりました。伊良部さんは、ノーラン・ライアン(メジャー伝説の投手)の本などをずっと読んでいましたね。ストイックに練習に取り組んでいまして、たくさんの刺激をいただきました」
―練習はどんなものだったのでしょうか?
「毎朝5時に起床しまして、尽誠学園の選手寮から長い石段を登って『金刀比羅宮・本宮』まで行って、社務所でハンコをもらって帰ってくるというのが日課でした。そこからバッティング練習をするのが朝練でした。伊良部さんも一緒に走っていましたが、すごく速かったのを覚えています」
「基本」が自分を助けてくれる
―高校時代、大変だったことは?
「試合で負けると、1点差につき、陸上トラック10周を走るというルールがありまして大差で負けると大変でした。だからバッターもピッチャーも必死でした(笑)。大変でしたが、それによって、チームワークが生まれて、どんな試合でも食らいついていくようになりました(笑)」
―バッティングはどんな練習を?
「当時は施設も限られていましたので、素振り、ティーバッティング、マシン打撃など基本練習がメインでした。マシン打撃は140〜145キロに設定していたと思います。ただ、いまの高校生に伝えたいのは、闇雲に速いボールを打つのではなく、素振りやティー打撃で『自分の形』を作ることが大切だということです。形がなければ、どんなに速いボールで練習をしても意味がないと思います。まずは、『自分の形』をしっかりと作るべきです」
―練習以前にまずは「形」作りなんですね。
「私は高校、大学、プロの世界で、基礎を固めずに応用に取り組んで失敗している選手をたくさん見てきました。応用だけうまい選手では、高いレベルで通用しません。上を目指すにはまず土台、形を作ること。それが、将来の自分を助けてくれると思います。ですから、高校時代は基礎を踏まえた上で『自分の形』を作る時間でもあると考えています。」
―甲子園の思い出は?
「高校2年生のときに伊良部さんと一緒に甲子園へ行きました。そのときは、伊良部さんなど先輩たちに連れていってもらったという印象です。練習のときはそんなに広いとは感じなかったのですが、実際に観客が入った甲子園で試合をしてみると本当に広いと感じました。甲子園の素晴らしい雰囲気は、野球ファンが作り出しているのだと思いました」
―3年生の県大会は?
「3年生のときは香川県での優勝、甲子園出場は間違いないと言われていたのですが3回戦で負けてしまいました。誰のせいでもなく、僕らがその先を見てしまっていて、完全に油断だったと思います。そのときに、どんな相手でも『なめたらあかん』ということを教えられました。負けたときは、悔しさよりも、自分たちの甘さや情けなさが一番でした」
やらなければいけないことに取り組む
―大学経由でプロ入りしました。プロになりたいと思ったのはいつ?
「小さい頃から絶対にプロになって、家族に恩返ししたいと思いました。高校時代にプロの誘いもあったのですが、監督から『大学に行って人間的に成長してからプロを目指せ』というアドバイスをいただき、自分自身も納得して大学進学を決めました。最終的にその道が自分にとって最善だったと思います。監督をはじめ指導者に恵まれたと考えています。いま球児に伝えたいのは、指導者や仲間たち、そして親のアドバイスに耳を傾けて考えてほしいということです。厳しい言葉もあると思いますが、しっかりと受け止めて、咀嚼して、行動することが大切だと思います」 」
―プロ経験を経て、高校生に一番伝えたいことは?
「やはり基本を大切にしてほしいということです。基本を徹底してその中から『自分の形』を作る。それから、上のレベルで挑戦してほしいと思います。それは、技術面だけではなく、人間的な部分も同じだと思います。選手として、人としての『形』がないと、どの世界に進んでも苦労すると思います。『自分の形』を作るために、どれだけ努力できるかが、自分自身の力になると思います」
―コロナ禍で練習時間や環境にも制限が出ています。何が大切でしょうか?
「私自身は、すでに引退していて、コロナ禍での練習経験はないのですが、一つ言えることは、限られた環境で『できること』を見つけてほしいと思います。そして『やりたいこと』だけではなく、『やらなければいけない』ことを考えて練習に取り組んでほしいと思います。どんな状況でも自分自身に向き合うことが一番の練習になると感じています」
佐伯 貴弘(さえき・たかひろ)
1970年4月18日、大阪府生まれ。尽誠学園ー大阪商業大。1992年ドラフトで横浜ベイスターズから2位指名。巧みなバットコントロールが武器の中距離ヒッター。プロ通算1597安打。
[2021年1月号掲載]