【帝  京 野球部】「無念の準優勝」

準優勝も復活の手応え。

関東一、日大三を倒して決勝進出

帝京が秋季東京都高校野球大会決勝で国士舘に敗れて準優勝となった。

10年ぶりの選抜出場を狙ったチームは復活の手応えを感じながら来年1月の選抜選考発表を待つことになる。

■ 試練のトーナメント

試練のトーナメントを勝ち上がってきた。

加田拓哉主将(2年=外野手)、武者倫太郎(2年=内野手)、田代涼太(2年=投手)、夏のタレントを多く残した帝京は、強い気持ちで大会へ臨んだ。

組み合わせは過酷だったが、一戦一戦、目の前の相手を倒して勝ち上がるだけ。

3回戦では、今夏優勝の関東一を死闘の末に9対7で下すと、準々決勝では西東京の強豪日大三との投手戦を左腕・田代と、右腕・柳沼勇輝(2年)の継投によって2対1でモノにした。

強豪2チームを下したことは、チームの大きな自信となった。

準決勝・創価戦も1点を争う緊迫した展開。

帝京は2点を先制されたが6回に武者と加田のアベックソロで同点に追いついくと、9回に尾瀬雄大(1年)のサヨナラ打で3対2とし激戦に決着をつけた。

加田拓哉主将(2年=外野手)

 

 

 

 

 

田代涼太(2年=投手)

 

 

 

 

 

右腕・柳沼勇輝(2年)

 

 

 

 

 

■ 選抜選考は、当落線上

選抜当確をかけた決勝戦。

帝京は、田代が先発し順調な立ち上がりみせた。

2回まで0対0で進んだが、3回にピンチを迎えてしまう。

2死1・3塁のピンチで適時2塁打を打たれて2失点すると、前田三夫監督は、2番手柳沼に早めのスイッチ。

継投は成功したかにみえたが、ファールフライ、内野ゴロの処理でミスが発生し、さらに2点を与えてしまう。

0対4とされた帝京は、反撃を狙うが、国士舘・中西健登(2年)の外角中心の組み立てを攻略することができずにイニングを進められていく。

帝京は武者と加田の単打2本に押さえ込まれて、無念の完封負け。

準優勝で大会を終えた。

田代が「投手陣が我慢できなかった」と話せば柳沼は「自分たちの力が足りなかった」と敗戦を受け止めた。

準優勝という結果に終わったことで選抜選考は、当落線上となった。

関東一、日大三、創価を倒した底力がどう評価されるか。

帝京の選抜出場は、明治神宮大会の結果と来年1月の選考委員会の評価に委ねられることになった。


帝京高等学校

【学校紹介】
住 所:東京都板橋区稲荷台27-1
創 立:1943年
甲子園:26回(春14回・夏12回)
野球部は1989年、1995年の選手権大会、1992年の選抜で全国制覇。

春夏計26回の甲子園出場。

野球部OBに中村晃(ソフトバンク)、山崎康晃(横浜)、杉谷拳士(日本ハム)、原口文仁(阪神)ら。

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