全員野球の「ありんこ軍団」。
前を向き、最後の夏を過ごす
2016年夏に悲願の甲子園出場を果たした八王子。
全員野球がモットーの「ありんこ軍団」は今年、さらに大きく、逞しく、生まれ変わるはずだった。
2020年7月号掲載
(取材・三和直樹)
■ 冬のスケールアップ作戦
旋風を巻き起こした“あの夏”から4年が経とうとしている。
その間、2017年夏に西東京ベスト4、翌2018年夏はベスト8まで勝ち上がったが、安藤徳明監督が「ここ数年の中では一番力があった」と期待を寄せた前チームは、夏3回戦でよもやの敗退。
「決勝までの7試合を勝ち抜くための投手起用」が、結果的に「先を見過ぎました」と裏目に出た形となった。
その悔しさを抱えた中で新チームがスタート。秋はブロック予選こそ順当に勝ち抜いたが、1回戦で強豪・日大三とぶつかると、初回に1点を先制しながら4回に自分たちのミスから3点を失っての逆転負け。
「途中まではいい流れでしたけどチームとしての甘さが出た」と堀越光主将(3年)。
同時に「一番感じたのは体の大きさの違いです」と認めた。
この「肉体的なハンディ」は積年の課題であるが、その解消のために今冬はこれまでとは異なる取り組みを実施。
11月の中旬から約3カ月の間、練習を約1時間半に短縮して帰宅時間を前倒し。その意図は「睡眠時間の確保」。
以前からトレーナーと相談を重ねてきた中で「食事」と「睡眠」の重要性を認識しつつも、「そうは言っても練習しないと強くならないと思っていた」と明かす安藤監督だが、「いつも同じでは成長しない。
新しいことをやっていく必要がある」と新たなチャレンジに踏み切った。
■ 野球を学び、強いチームへ
冬の間、「体」を大きくしながら、「頭」も鍛え直した。昨夏だった。
遠征試合で履正社や天理、東邦などの甲子園の常連校との戦いを、安藤監督は「いい勝負はするけど勝ちきれない」と振り返りながら、「特別にすごい選手がいなくても、チームとしてしっかりと点を取るべきところで取って、我慢すべきところで我慢できる。
選手一人一人が野球を知っている。
それが強いチーム」と分析する。その経験を経て、自分たちが何をするべきか。
テーマは「野球を学ぶ」こと、そして「監督の意図を理解して共有する」こと。
毎年12月に行う恒例の冬合宿ではミーティングを毎日実施。
場面ごとの作戦、配球、打者心理、監督の出すサインの理由…。
短い日は30分で終わることもあったが、議題によっては2時間余りにわたって議論が白熱する日もあった。
新3年生たちは、八王子が甲子園に出場した時に中学2年生だった。
「あの戦いを見て、ここに集まってきたメンバーが多い。
みんなの力が一つになれば、どんな強い相手にも勝てるということをもう一度、証明したい」と堀越主将は拳を握る。
重ねた議論。
それは「ありんこ軍団」の精神を再確認する時間にもなった。
■ 夏の先の未来へ向かって
戦力は整いつつあった。
投手は中学日本一の経験を持つ溝口雄大(3年)と安藤監督が「プロに行く器」とその高い将来性を評価する羽田慎之介(2年)の左腕2枚が切磋琢磨し、打線も高い打撃センスを持つ吉井皓紀(3年)を中心に、体の成長とともに打球飛距離が伸びてきた。
しかし、春から夏へ、最後の“仕上げ”に向かおうとした矢先、新型コロナウイルスの感染拡大から休校、練習禁止、そして目指していた甲子園が戦後初めての中止となった。
「残念という言葉だけでは言い表せない」と安藤監督。
それでも“できること”を続け、自粛期間中はグループLINEを通して、体調管理と自主練習メニューの報告、さらに動画機能を使った“リモート指導”を実施。
6月1日から学校再開となるも3週間は分散登校で、野球部全体として活動できるのは6月下旬からという状況だが、「例え甲子園がなくなったとしても、3年生たちが精一杯やり切ることが、必ずその先の未来に繋がっていくと信じています」と前を向く。
今こそ「ありんこ軍団」の底力を見せるとき。
いかなる困難を前にしても、決して屈せず、前進を続け、それぞれの夢へと突き進んでくれるはずだ。
八王子学園八王子高等学校
【学校紹介】
住 所:東京都八王子市台町4-35-1
創 立:1928年
甲子園:夏1回
長い歴史と2000人超の生徒数を抱える私立校。「文理コース」、「総合コース」に加えて「アスリートコース」が設置され、バスケットボール部、水泳部などが全国トップレベル。主なOBに小川直也(柔道、プロレスラー)、田中雅美(水泳)などがいる。12年から中高一貫教育を開始。略称「八学」。