「球児の誇りを胸に人生を歩んでほしい」

甲子園通算51勝、3度の全国制覇

 帝京指揮官として甲子園に春夏計26回出場、3度の全国制覇を果たした前田三夫氏。2021年夏を最後に勇退した名将に高校野球の「今」を聞いた。(取材・松井裕一)

監督勇退後も情熱を持ち続ける

―現在はどのように時間を過ごしていますか?
「監督を辞めた時点で、野球への強い気持ち、情熱は持ち続けると決めていました。帝京はもちろんですが、現在は少年からプロ野球まで注視しています。帝京にはときどきグラウンドと学校の空気を吸いに行っています。公式戦は都大会準々決勝くらいから球場に足を運んでいますね」
―監督として最後の試合は甲子園や神宮球場でなく、東京ドーム(2021年夏)でした。
「2021年夏は監督生活50年でしたので、ケジメと考えていました。この年の東京大会はオリンピックの関係で、準決勝以上の会場が神宮球場ではなく東京ドームとなりました。最低でも選手たちを準決勝の東京ドームまで連れていくことが私の役割だと思いました。ドームまで行けなかったら、自分の価値はないな、と自分に強く言い聞かせました。結果的に準決勝で負けはしましたが、選手たちはよく頑張ってくれたと感じています」
―高校野球を客観的に見てどう感じますか?
「私が監督就任当初は、夏の気温が25度ほどになると『いやぁ、暑いな~』という感じで、30度になると大変だったんですよ(笑)。当時は水分補給をしながら、長い練習にも耐えられたんです。気温40度近くになる今の暑さは考えられなかった。近年の球数制限や給水タイムを設けるなど、選手の健康面を十分に考慮した改革は、私は良いことだと思っています。根性論が古いというわけではなく、社会環境も変化している中で高校野球も改革が進み、いい方向に向かっていますね」

夏はどのチームにもチャンスがある

―低反発バットについて?
「春の選抜の数試合でテレビ放送の解説をさせていただきました。肌感覚でも長打が少ないなと思いましたね。かつての“広商(広島商)野球”のように、バント、盗塁を駆使した攻撃が蘇り、ロースコアの勝負が多くなるかもしれません」
―東京の勢力が変わってきています。印象はいかがでしょうか?
「東東京で言えば、2022年までは二松学舎大附と関東一の優勝争いが続きましたね。帝京は二番手集団に下がった感じはやはりします。そのあたりは意識の高さの差でしょう。今までは『これでもか!』と大会前に精神面・技術面で追い込んで、完璧にチーム・選手を作り上げた“裏付け”のあるチームが非常に強かった。しかし現在は社会環境や気候変動などもあり、裏付けが作りにくい。昨夏に共栄学園が初優勝したように、どこのチームにもチャンスはあります。勢いに乗ったチームが勝ち上がっていくのではないでしょうか」
―監督も世代交代になってきました。
「年齢が上がれば、実績のある監督さんも次の世代に譲らなくてはいけない。後任の指導者はチームの良き伝統を受け継いで、頑張ってもらいたいですね。安易な気持ちでは監督は務まりません。伝統を守り、新しいチームを作り上げる。責任は重いですよ。私からのメッセージとさせていただければ“熱い気持ち”を持ってもらいたい。ただ腕組みをしているだけではなく、選手と一緒に汗を流し、高い意識を持って前を向いて取り組まないと、選手もチームも育たないと思います。監督生活50年を振り返ると、やはり選手たちが頑張ってくれました。選手たちと二人三脚でやってきましたね」
―東京の高校野球シーンについて。
「日大三、早稲田実、それに日大勢、二松学舎大附、桜美林、修徳などが甲子園で優勝をはじめ、勝ち星を重ねて土台を作りました。指導者と選手たちは高い意識や目標を持って歴史を刻んだのだと感じます。現在も強豪がひしめいていますし、東京のレベルは高いです。上位を虎視眈々と狙う新鋭校もあり、盛り上がるなと思います。近場で大学、社会人、プロ野球を観ることができ、東京の球児は非常に目が肥えています。潜在能力の高い選手も多くいると思います。指導者は見出すチャンスがあり、選手を成長させることができるかというやりがいもあります」

仲間や保護者への感謝を忘れずに

―帝京が春優勝しました。チームを客観的にみて?
「昨秋は一次予選で二松学舎大附にコールド負けしました。その悔しさを冬の練習にぶつけ、それが春に開花しました。選手も指導者もよく頑張ったと思います。大会期間中にグラウンドで選手たちを見て、いい体になっているな、と感じました。ウエイトトレーニングの成果でしょう。春の公式戦では計16本塁打を放ちましたが、低反発バットに対応できたことが結果につながったと思います」
―今夏の東西の状況、展望について
「東は春優勝の帝京、選抜出場の関東一、続いて二松学舎大附、修徳が有力校でしょう。西はバランスがとれている東海大菅生、互角の力の日大三、下級生時から試合出場している選手が多い早稲田実、昨秋に準優勝した創価が中心ではないでしょうか。夏は3年生にとって最後の大会です。1回戦から真剣勝負が、そしてシードが登場する3回戦以降は本当の“力と力”の勝負が見ることができると思います」
―夏、そして次のステージへ向かう高校球児にメッセージをお願いします。
「3年間は一人では頑張れない。保護者や仲間など応援してくれた方々がいたと思います。感謝の気持ちを持って、思う存分に力を発揮してもらいたい。勝ち負けはありますが、悔いのないようにやり切ってほしいですね。高校野球が終わったあとも球児の誇りを持ち、今後の人生を歩んでもらいたいですね」

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